第3回目となる「GMOインターネット青山学院大学寄付講座」は、卒業生でもある前横浜市長・青山学院大学大学院客員教授、中田宏氏が登壇。
大学卒業後、『松下政経塾』の門を叩いた中田氏は、当塾で学んだ経営学や理論、自ら培ってきた哲学を礎に、2002年横浜市長選挙に出馬。見事、37歳でトップ当選を果たすと、2期にわたり様々な改革を行った。横浜市における“ゴミ15分別”や在職公務員数の大幅なスリム化は中田氏が「我が使命」ととらえ任務をまっとうし実現したものである。
現在は各地で講演を行いながら、3月11日に発生した東日本大震災の復興に向けて奔走中の中田氏。政治は国家経営であると考える中田氏の視点で語られた「ベンチャー企業経営論」とは。今回も会場が満席となる大盛況のなか、第3回目の本講義が開催された。
与えられた環境に関係なく、人は成長できる
講義を始めるにあたり、まず皆さんにお聞きします。皆さん、青山学院大学に入学して満足していますか? 「満足している」という方は挙手してください。(8割の学生が挙手)。
素晴らしいですね! ちなみにこの質問、1年生に聞くと6割程度の満足度なのですが、さすがは皆さん3年生ですね。しかし、残りの2割は「満足していない」。つまり、しぶしぶ大学生活を送っているということです。
現状に満足し、学生生活を充実させている8割とそうでない2割。この段階で既に大きな差が出ていると私は思います。自らの学生生活に不満があることを学校のせいにしたり、環境のせいにしている人は、その考えに疑問を持ったほうがよいでしょう。
もし、この大学の図書館にある本を全部読みつくした、礼拝にも毎日出席し、この大学の施設をフルに活用したというのなら話は別です。しかし、そんな人はいないでしょう。与えられた環境を自ら開拓し、活用してもいないうちから「ダメだ」と決めつけるのは間違いです。
人は、どんな環境であろうと、自ら考え、積極的に行動しようとさえすれば成長できるのです。そのことをまず皆さんにお伝えしたいと思います。
過去の成功体験は通用しない。今こそ新しい視点で未来を創造しよう
さて、皆さんはこれから就職活動をスタートさせますね。しかし、希望に満ちあふれているという人はそんなに多くはないでしょう。「先行き不透明だ」「閉塞感がある世の中だ」そんな言葉をよく耳にする時代です。では、そんな言葉を発しているのは誰なのか。それは先行きが明るかった時代を知っている人間たちです。過去に成功体験を持つ人間たちが、自ら体験してきたことが通用しなくなったからこそ、「先行き不透明だ」と言っているのです。
ここで言う『過去の成功体験』とは、戦後の高度経済成長のことを指していますが、一体どのような流れでここまで日本が経済的に成長してきたのかについて、今一度振り返ってみましょう。
戦後、日本は焼け野原になりました。復興を果たすため欧米諸国の工業化を追いかけるように、日本はどんどんモノを造りました。勤勉で手先の器用な日本人が造った製品は海外で飛ぶように売れ、日本は輸出大国となりました。安い賃金で良いモノを造る日本に対し、欧米諸国からバッシングが起こります。輸出で肥えていく日本に対し、内需拡大を求める声が高まってきました。そんななかでも日本は、輸出によって資金を増やし、またモノを造り、さらに性能の良いモノが出来あがっていく、という良い循環を生み出すことができました。この循環によって日本は高度経済成長を成し遂げたのです。
確かに、こうした経済成長を経験してきた人間たち、つまり成功体験を持つ先人たちにとって、現代(いま)は厳しい時代かもしれません。どんなに必死になってモノを造っても、ベトナムや中国が日本よりはるかに安い賃金で大量にモノを造っているからです。過去に日本が体験してきた高度経済成長期は、既にベトナムや中国の辿る道となっているのです。そのことに気がつかないまま、いつまでも同じことを繰り返し、「なぜ上手くいかないのだ」と嘆いていても無駄なのです。時代は変わりました。これからは、これまでとは違ったことをしていかなければ「日本の成長」はあり得ないのです。
皆さんにはこうした成功体験はまだありません。だからこそ、この時代を『チャンス』ととらえ、新しい視点で未来を切り開いていくことを考えなければならないのです。そのためには、日頃から新しい発想で物事をとらえ、常に問題意識を持って次世代に通用する社会・人材・製品とは何なのかを考えていなければなりません。『チャンス』は日頃から考えている人にしか活かすことができないのです。日頃から考え、「いざ」という時がきたら即実行する! そうすれば、この先の就職活動においても、またはビジネスを始める際にも、おのずと道は開けてくるでしょう。
『成長期』とは、本人が意識しなくても自然に成長する時期
ここまで前段では、「日本の成長」について少し触れましたが、ここからは「個人」がどう成長していくかについて考えていきましょう。
皆さん『成長期』とはいつなのかご存知ですか? 皆さんは今『成長期』でしょうか?私には二人の子どもがいるのですが、その子たちを見ていてふと『成長期』とは何かを考えたことがあるのです。私の結論はこうです。
『成長期』とは、本人が意識しなくても自然に成長していく時期である。うちの子二人は毎日母親が作った食事を食べ、「何かを学ぶぞ!」なんて意思もなく、なんとなく学校に行きますが、子どもたちの意思とは無関係に体は大きくなり、学校では必ず何かを吸収して帰ってくる。これこそがまさに『成長期』なのではないかと思うのです。
では皆さんはどうでしょうか?そして私のような40代半ばの人間はどうでしょうか? 私たちは自然に何かを吸収し、成長していける時期ではありません。むしろ、意識しなければ体はどんどん横に肥え、肥満まっしぐら! 脳みそも体も退化していくだけなのです。だからこそ、私たちは自ら『成長』することを求め、意識して生活しなければならないのです。
日頃から世の中の行く末を考え、未来を予見し、やるべきことを模索する、そして自らの哲学に沿ってそれをまっとうする。同じく、既に『成長期』ではなくなってしまった日本国家も、自ら意識して変わっていかなければ、今後の『成長』は望めないのです。日本がさらなる発展を遂げるためには、過去の成功体験に学ぶのではなく、新たな視点・思想で世界の課題を解決する国にならなければいけないと私は考えています。
世界の課題解決国家として、日本の素晴らしい技術を役立てる
世界には解決されていない問題が数多くあります。貧困、衛生管理、食糧、エネルギー、インフラ整備など、進歩しているようで実は解決に繋がっていない問題が各国で起こっています。例えば、私が12年前に訪ねたガーナのアクラ郊外の村では、海外から洗濯機などの家電が入ってくるおかげで、生活は豊かになっているように見えます。
しかし、その洗濯機で使用した排水を処理するインフラが整っていないので、排水はほかの生活用水にもなる裏の川に流れていきます。つまり、入口は大きく開けておいても、出口が閉じたままなのです。水や衛生という人間の生活の根幹部にリスクがある現状を「豊かな生活」と呼べるでしょうか。
こうした世界の課題は日本にとって大きなビジネスチャンスです。インフラの整備、効率の良い生産方法の考案、食糧危機を救うような品種改良etc……日本のテクノロジーをもってすれば、色々なことが実現可能でしょう。
「日本の製品は安心・安全である」という付加価値と共に、世界中の人々に喜ばれる仕事がしたい、私は常にそんなことを考えています。 世界の課題解決国家になることで、日本は自らの技術を活かし、今後とも発展・成長していくことができるはずです。
「もとに戻す」のではなく、「新たな街づくりをする」という視点で『復興』を考える
このたびの東日本大震災についても、『課題の解決が新たな未来を築く』という考えは当てはまると信じています。今後、どのようにして被災地を建て直していくかが日本の大きなテーマとなっていますが、皆さん感じている通り、何にせよ政府の『判断』『対応』が遅い。なぜこんなに遅いのか、それは「日頃から考えていない」からだと私は思います。
もし、「日本を今後どのような国にするか」ということをトップが日頃からしっかりと考えていれば、すぐに行動に移せるはずなのです。それができないということは、考えていなかったことに他なりません。
震災から2ヶ月が経過したいまでも、たくさんの人が避難生活を余儀なくされ苦難と戦っています。街は一瞬にして姿を消し、そこにはガレキが散乱しています。しかし、この現状を『ゼロからの出発』ととらえ、これまで以上に住みやすい街づくり・持続可能な社会の創造に向けて立ち上がることができたら、日本はもっと良い国になるはずです。3月11日以前の姿に戻すのではなく、もっと素晴らしい「新たな街づくり」という視点で『復興』を考えていきたい、私はそう考えています。
最後に繰り返しになりますが、皆さんには是非、新たな視点・思想を持って未来を切り開いていってほしいと願っています。この先、企業に就職する人、なかには起業される方もいるかもしれません。自分が仕事を任された時、経営者となった時、必ず「判断を迷う」ことがあるでしょう。
そんな時こそ、一生貫き通せる自らの哲学と、それまで自分が考えてきた未来像・シナリオに立ち返ってください。
そして、これから下そうとする判断が自分の哲学やシナリオに沿うものなら、自信を持ってその道を突き進んでほしいと思います。「決めるべきことを、決めるべき時に、決める」。
そのためにも、日々考えること、行動すること、哲学を持つことを忘れないでください。
ご清聴ありがとうございました!
衆議院議員(3期)を経て、平成14年横浜市長に就任。ごみ排出量40%削減、職員定数の20%削減、市営地下鉄を25年ぶりに経常黒字化、市営バスを22年ぶりに営業黒字化、水道局を10年ぶりに累積黒字化など数々の改革を通し市累積借入金を約1兆円純減し、市財政を再建。総務省顧問を経て、日本創新党代表幹事となる。世界経済フォーラムによるGrobal Leader Of Tomorrow(2002年)、Young Global Leader(2005年)に選出など受賞他多数。